コモノの雑記帖

日々の雑記帖です。暮らすという事、考える事。

【話題】記者が壁を蹴ったとか。蹴らないとか。

最近ニュースを賑わす事件の取材で、記者が取材を断られた腹いせに壁を蹴った動画が公開されたようだ。

 

少し前にさかのぼるけど、ホームレスに対する恣意的な報道がなされTBSの番組がBPOの審査を受ける事になった。

 

ジャーナリズムって何のためにあるのか。何を報道すべきなのか。大衆が見たいものを届けるという使命はあるのだろうけれど、一方的な情報操作や発言の一部を切り取ってセンセーショナルな事柄へ仕立て上げる報道は、もはや報道という使命を放棄して単なる娯楽なんだと思う。

 

写真を撮っていた20代の頃、報道写真をとるフォトグラファーに憧れていた。命をかけても伝えるべき話題を求めるその姿勢には憧れた。テレビメディアだけではなく、新聞という媒体においてもその気概を感じるような報道を目にする機会は減ったように思う。

 

多分、そういった記者や報道に携わる人はいて、視聴率や部数に貢献しないと跳ねられるあまりに熱意を失っているんではないだろうか。視聴者や読者という大衆を軽んじられているんだなぁという印象しかないんだけど、どうなんだろう。

 

こんな状態では何を信じて良いのやら、自分自身で選び評価する事を放棄し流れてくるニュースを鵜呑みにして批判をし満足する。そんな大人の責任は重いんではないだろうかと思ったりする。

 

インターネットの功罪は議論の余地はあるにせよ、アンチが発生する土壌が無ければ疑問が生まれないのも事実だったり。気に入らない意見を叩きのめすかのような苛烈な発言って、結局双方向の議論が出来ない旧世代の残滓でしかなくて、大人になっても認められない承認欲求の現れなんではないだろうかと、ただつらつらと考えたりする。

 

きっと自分もヒマなんだなー。